小学6年生の夏休みの自由研究の宿題は18きっぷの旅行記でした。自由過ぎて1ミリも研究要素がありませんでしたが小学生のやったことなのでまぁ許されるでしょう。萩薬師です。ちなみに同級生の人はメントスコーラについて研究したりしてました。
さて、現在第三回COVID-19杯*1とかいう内輪のブログ選手権が開催されております。今回のお題は「自由研究」との事で僕も本来であれば本日中にもっとちゃんとした自由研究の成果をあげられていた(はずな)のですが、元々かなり今日中に投稿できるか微妙な進捗状況だったところで主催側でトラブルが発生して一時開催が危ぶまれる事態になりかけたためモチベ喪失して放置してました。なおブログ選手権は締切が明後日に延長されたので明日か明後日には元々研究していた題材で投稿出来ると思います。
7/8追記 無理でした(ボツにするには勿体無いのでいつか供養します)。
ただ元々は本日締切でなおかつ締切厳守との事だったのでこのままでは頑張って本日中に投稿した方々に申し訳ないため、お詫びとして当記事内で即興の自由研究の成果を発表させて頂きます。22時くらいから突発でタブレットで書いたので低クオリティだけどゆるして*2
こんなクソみたいな前書き書いてたら23時になってました。とても寝たいですが贖罪を償うため頑張ります。
そもそも自由研究とは何なのか。Wikipediaによると「本来、「自由研究」は、自分でテーマを設定し、それを追求していく探求学習(Inquiry-based Learning)であり、問題解決からまとめ方までのスキルを磨くことができる学習である。」と書かれています。多分中学以降のレポートの入門版みたいな感じですかね。ただいわゆる小学校の自由研究は本当に自由だったので最初に書いた旅行記みたいなのでも普通にOKでした。
では、どこまでのレベルのものなら自由研究として認められるのか?
実際にいくつか例を出して考えていきましょう。
1.工作
小学生の自由研究と言えば工作を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。工作という行為は作っていく過程で少なからずああでもないこうでもないと試行錯誤していくものだと思うので勿論これは自由研究として認められるでしょう。超簡単な折り紙とかでも作るときに失敗したりしていれば試行錯誤したと言えるので多分セーフだと思います。また同様の理由で鉛筆でパッと書いただけの絵のような何か*3もセーフでしょう。*4
2.読書感想文
いや読書感想文じゃん。自由研究じゃないじゃん。別の宿題じゃん。と思う方もいるだろうが、だが待って欲しい。読書感想文とは本を読んでその内容や読んだ時の自身の感想について書いていくものである。つまり読書感想文とは本の内容やその時の自身の心情について研究した成果と言っても過言では無いのである。
よって読書感想文は自由研究だし読書感想文として提出した宿題を自由研究に提出しても許される。Q.E.D.
3.ねるねるねるね
ねるねるねるねは一種の駄菓子であるがこの駄菓子、ただの駄菓子ではない。自分で材料を混ぜ合わせて作るのである。これが工作や料理に含まれることはもはや明白であろう。小学生が頑張って自分で晩御飯を作ったと言ったらおそらく褒められるだろう。よってねるねるねるねを作るのもまた一つの自由研究の手であろう。
4.耳垢の塊
流石にこれは無理があるだろうと言われそうだがそういう前にもう一度考え直して欲しい。耳垢を集めて大きい塊を作る。いかにも純真無垢な子供のやりそうな事である。因みに筆者は小学生時代でも流石にそんなことはしてないしやろうとも思わなかった。だがしかし、これは純粋な子供ならでは探求心の末の行動であり、よってこれも自由研究とみなすことが出来るのだ。
5.虚無
最早なにもないじゃん。何か生み出してすらいないじゃんと言われそうだがそうではない。自由研究として虚無を提出しようとした子供は子供ながらに深い哲学的思考の上で虚無の中の存在を見出し、それを自由研究の成果としたのである。これはれっきとした研究であり、また虚無を虚無としか見れない大人たちへの警鐘でもあると言えるのだ。
以上5つの自由研究の例題を紹介した。どれも言っていることが無茶苦茶だと言われそうだがここでこれまで何の話をしてきたのか思い返して欲しい。
""自由"研究である。自由研究で何をするかは完全に自由なのである。
これからもこんな自由な自由研究が認められる社会であることを願い、筆を置くこととする。
〜リンク〜
投票ページ(7月8日22時まで)→https://tasuketsu.com/top/vote?theme_id=NDUzMjczMzE0MTc3NTcxMDEyNw%3D%3D
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